江戸川区の公立幼稚園閉園計画には、一般的な社会通念や住民感情の面からも、法的な面からも、公正さを欠いていたり不当と思われる問題が多く存在します。
そこで私たちは、教育委員会に対してそれらの問題についての公式見解を求める質問状を提出しました。
果たしてどのような回答がいただけるのか、注目して待ちたいと思います。
区立鹿本幼稚園の閉園に関する公開質問状
教育委員会は、平成23年9月唐突に「区立鹿本幼稚園は平成26年3月に閉園し、26年度に発達障害者(児)のための施設に転用する予定と発表。ほかの区立幼稚園も幼稚園教諭の退職状況から、鹿本幼稚園閉園の3年後に1園、さらに2年後に1園閉園となる予定」という計画を説明しました。しかしながらこの計画はあまりに一方的な発表であり、利用者である区民の事情や心情について十分配慮されたものではありませんでした。昨年の区議会決算特別委員会においても様々な会派より「あまりに唐突で拙速。区民感情に配慮を欠いている」という趣旨の見解が示されました。
また、この計画の検討手続きには不明な点が多く、閉園理由も費用面に偏ったもので十分に納得できるものではありませんでした。私たちは本閉園計画が適切な手続きと内容検討を経て利用者との合意形成がなされたやむを得ない結論とは考えられません。事務手続きの不備を含めた下記の点について教育委員会としての見解をあらためてお伺いしたく、書面をもって公開質問いたします。ご多忙のなかお手数おかけしますが、ご回答のほど、よろしくお願い申し上げます。
なお、上記の公開質問状および回答につきましては、「江戸川区立幼稚園を守る会」のホームページ(
http://blogs.dion.ne.jp/mamoruzo/)、およびその他の方法にて、区民に広く公表させていただきます。
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質問① 幼児教育の行き場を失う子どもが出ることを何故容認しているのでしょうか閉園理由について、園児数減少、教員の退職者不補充(経費削減)、園児1人あたりのコスト、と維持コストを主な理由に挙げていますが、重要性の高まる幼児教育の問題をコスト中心に判断することは妥当なのか疑問を感じています。
そこで私たちは昨年、独自に区立幼稚園4園の在園児・あいあいの保護者に対して、入園理由や区立幼稚園の魅力についてアンケートをとり211名から回答を得ました。その結果、区立幼稚園には区立幼稚園ならではの存在価値が明確にあり、もし地域から区立幼稚園がなくなった場合、どこの幼稚園にも行けずに行き場を失う子どもが出てしまうことが判明しました(資料1)。具体的には以下の4つのケースが当てはまります。
1.発達遅れなどの理由で、他園では受け入れが難しい子どもの受け皿になっている(発達障害児だけでなく、グレーゾーンの子どもや、病弱の子どもなど様々な理由が存在する)
2.近隣園の選考・抽選に落ちたり、引っ越しなどで途中転入したいが空きがないなどの理由で、他園に入れない子どもの受け皿になっている
3.早生まれや集団活動にまだ上手くなじめない状況のため、4歳からの2年保育を希望する保護者の受け皿になっている(私立園は4歳からの途中入園が難しい場合が多い)
4.経済的に苦しい家庭の受け皿になっている(補助があっても入園後の実出費には年間で最少9.6万円~最大31.7万円の差があり負担差は大きい。データは資料2参照)
このことは、区立幼稚園が幼児教育のセーフティネットの役割を担っていることを示しています。確かに、園児数減少や財政難の中で必要以上の区立園は必要なくなっていると思います。園児数だけ見れば私立幼稚園で十分に間に合うことも分かります。しかしながら、この4つのケースの家庭のように、私立園に入れずに区立があったからこそ幼稚園に通えたという声が現実に数十人以上も寄せられています。実際にはもっと多くの子どもと家庭が救われているはずです。このような社会的に弱い立場にある子どもや家庭の受け皿としての役割は公立ならではの存在意義であり、独自の教育を本分とする私立幼稚園にその役割を担ってもらうことは無理があるはずです。お願いはできても、経営に干渉することはできない以上、保証はされないはずです。よって、最低限の数の区立幼稚園を残すことが公教育の使命であり、その費用は決して無駄の削減の対象とすべきではないと思います。むしろ、子どもを産んで安心して暮らせる地域であるために不可欠で立派な予算だと思います。費用を重視して、このような子どもたちを犠牲にしてしまうならば、江戸川区で安心して子育てをしていくことは難しくなります。公立幼稚園を削減している他の自治体においても、この観点から、全てを閉園せず最低限の数を残す措置をとっているところがあります。
江戸川区教育委員会として、このような行き場を失う可能性の高い子どもについて、どのような方針でのぞむのか、明確に示してくださいますようお願いいたします。行き場を失う子どもを出すことはコストもかかり数が少ないからやむを得ないとするのか、そうしてはならないのでそのための施策をとるのか、どちらの方針なのか教えてください。もし行き場を失う子どもを出してはならないという方針であれば、その受け皿をまず作ることを先に取り組み、その上で閉園という手続きをとることが不可欠と考えます。
質問② 現閉園スケジュールでは区民に大きな犠牲を強いることを容認しているのでしょうか鹿本幼稚園の閉園計画が通知された9月はほとんどの私立幼稚園で見学会や説明会がすでに終わっており、各家庭においては来年度入る幼稚園は既に決めている時期でした。よって、下に弟や妹のいる子どもたちも鹿本幼稚園以外の選択肢はなく、実際に本年4月より通っています。しかしながら、その弟や妹は鹿本幼稚園には入れないため、他の幼稚園に行かなければなりません。つまり、兄弟で別々の幼稚園に同時に通わせなければならないという問題が生まれます。私たちが聞き取れているだけでも、実際に5つの家庭でこの問題を抱えてます(資料3)。
毎日の通園の負担や園行事の重複を考えると、兄弟同時に別の幼稚園に通うのは不可能です。よって、上の子が鹿本を卒園した後に他の幼稚園に入れるしかありません。ところが多くの私立幼稚園では、年中や年長からの園児を募集していません。このままでは、どこの幼稚園にも入れず、幼児期に必要な集団生活を経験することなく小学校へ入学することになってしまい、保護者たちはとても大きな不安を感じながら過ごしています。
この問題が生じてしまったのは、閉園計画があまりに突然すぎて十分な準備期間が与えられなかったからであり、保護者に何の落ち度もないはずです。このような犠牲を強いてまで、平成26年に閉園をどうしてもしなければならない理由があるのでしょうか。少なくとも、1年以上の延期をして、保護者に十分な準備期間を与えてから取り組むことが最低限の社会としてのルールではないでしょうか。この点について、教育委員会としての考えと今後の方針について教えてください。
なお、今後私立園に受け入れをお願いしていくなどの「予定」の方針は、結果を保証できないものであるゆえ、私たちとしては到底安心して受け入れることができないものです。何の落ち度もない、普通に暮らしていた区民を決して犠牲にすることのないような方針と対処を是非お願いしたいと思います。
質問③ インクルーシブ教育のモデル園として存続させることが区民全体の利益につながるのではないでしょうか保護者アンケートの中で、区立幼稚園は障害児と健常児が分け隔てなく同じ環境で過ごしていて、それが双方の子どもたちに教育的によい影響を与えているという意見が多く寄せられました(資料1)。このようなインクルーシブ教育の推進は、障害者の権利に関する条約(国際条約)の第24条および障害者基本法の第16条において「地方公共団体の責務」として明確に示されています。国際的な大きな流れであり、日本も国際条約に署名し批准に向けて準備を進めています。つまり法的にも環境整備が求められており、江戸川区としても当然進めていかなければならないものです。つまり、既にインクルーシブ教育の実績を出している区立幼稚園を閉園することは、国際的な流れや法的にも逆行することになります。
江戸川区教育委員会は、近い将来に法的にも推進することが求められるインクルーシブ教育をどのように実現する計画なのでしょうか。独自性が尊重されるべき私立園のみの環境になった時に、どのようにしてインクルーシブ教育を江戸川区に広めていくことが可能なのでしょうか。江戸川区の幼児教育のレベルをコントロールしていくには、直接関与できる区立幼稚園を残しておく必要があるのではないでしょうか。
区立幼稚園はベテランの先生が多くコストが高い点が問題視されていますが、逆に言えば、ベテランで経験豊富な先生方が多いからこそ、様々な子どもたちを受け入れ、これから日本が目指すべきインクルーシブ教育にも取り組めていると思います。このように区立幼稚園には、時代の環境変化に応じた新しい教育を研究し蓄積していくモデル園としての役割を持たせることができます。今後は私立園においてもインクルーシブ教育の推進が大きな課題になってくるはずですが、区立園で蓄積したノウハウを私立園にも還元し、江戸川区全体の幼児教育を向上させていくような形態をとることが、区立私立に関係なく、江戸川区全体の子どもたちと保護者にとって望ましい方向性といえないでしょうか。
質問④ 私立園のみになると、将来大きな犠牲を区民に強いることになるのではないでしょうか今回の区立3園の閉園計画は、江戸川区の幼稚園は今後私立園のみで運営していく方針と理解しました。公費負担が減るなどのメリットもある一方で、リスクや問題についての議論や検証はなされているのでしょうか。私たち保護者としては、以下の点が非常に心配です。
1.通える範囲に幼稚園がなくなってしまう可能性があるのではないか
2.保護者の費用負担が高まる可能性があるのではないか
私立は経営が苦しくなったり、後継者がいないなど様々な理由で突然閉園になることがあります。もし幼稚園が少ない地域で私立園が次々と閉園になってしまった時、近隣で通える範囲に幼稚園がなくなってしまう可能性があります。そのような場合、保護者はいったいどうすればいいのでしょうか。引っ越しを余儀なくされたり、何十分もかかる遠い園にバス通園させるしかなくなるのではないでしょうか。
また、私立園は経営的に苦しくなると保育費の値上げを行います。その時、区からの補助額も現行支払額が変わらないように増額されるのでしょうか。もし区立が全てなくなっていた場合、区立との差額という補助基準もなくなり、補助額は変わらず区民の負担額が上がっていくということになるのではないでしょうか。そうした園が近隣に増えてしまうと、経済的に苦しい家庭で幼稚園に通わせないというところが出てくるのではないでしょうか。
このように、私立のみの運営にはリスクや問題点もあるはずです。その点をしっかり議論・検証し、区民の大きな犠牲や負担を強いることがないようにしていくことが必要だと思いますが、現時点ではそのような議論・検証は教育委員会でなされているのでしょうか。もしそうでない場合は、その状況で区立閉園を決定するのは大きな問題があるのではないでしょうか。
質問⑤ 鹿本幼稚園の閉園計画は正式に決定されたことでしょうか。その正式文書は存在するのでしょうか。もし正式決定されていない場合、園児募集の停止を先行して行うことが可能なのでしょうか。地方教育行政の組織及び運営に関する法律23条により、区立幼稚園の設置・廃止に関する権限は教育委員会にあると定められています。よって鹿本幼稚園の閉園決定についても教育委員会でしかるべき議論と審議が行われているはずです。しかしながら、私たちが入手した行政開示文書「鹿本幼稚園閉園についての検討経過」によると、検討は区の内部協議によって進められ、教育委員会には平成23年8月23日に「教育委員会協議会へ検討状況について報告」と記載があるのみで教育委員会において審議された形跡はありませんでした。鹿本幼稚園の閉園決定の審議は、いつの教育委員会でなされたのでしょうか。また、どのような審議を行って閉園が妥当と判断されたのでしょうか。費用面以外の公立幼稚園が果たしている役割や存在意義についての検証がなされた上で決定されたのでしょうか。
教育委員会において正式に審議されていないと思わせる材料が、平成23年10月14日の教育委員会定例会会議録にあります。ある委員が、「それと、幼稚園の廃止、あるいは学校の新設や廃止、統廃合もそうですが、それらを決定する権限について、誰が決めるのか。私の考えが間違っていたら訂正してほしいのですが、これは今の制度の中では区長が決めて、それに対しては区議会が、そのための条例を可決しないとか予算案を通さないといった形でストップできる権限を持っている、実態として教育委員会では決定できないと、そう理解しています」と発言しています。実際には区長ではなく、教育委員会が決定の権限を有しています。この発言からは、委員の中で手続きや権限についての誤解が存在し、少なくとも保護者へ計画を発表した10月の時点では、教育委員会としての正式な審議・決定をしていないことを示しています。また、平成23年度教育委員会第1回定例会から第17回定例会の議案にも上っていません。
教育委員会において閉園についての審議や決定がいつなされたのか、どのような審議がされたのか、その正式文書は存在するのか、教えてください。
もし教育委員会として意志決定の正式文書がないとすれば、事務手続きの瑕疵ではないでしようか。正式決定していないことを決定事項のように保護者や地域住民に説明したことは、問題があるのではないでしょうか。
同様に、もし閉園がまだ正式決定されていないならば、この秋に園児募集の停止を行うことは、どのような法律や規則に基づく権限によって可能になるのでしょうか。
質問⑥ 閉園是非は、広く区民の意見を聴いた上で中立性を保って判断するべきではないでしょうか
文部科学省のホームページ(
http://www.mext.go.jp/a_menu/chihou/05071301.htm)には、教育委員会には、「政治的中立性の確保(首長からの独立性)」と「地域住民の意向の反映(住民による意思決定)」が必要であると書かれています。
中立性・独立性については、「教育行政の執行に当たっても、個人的な価値判断や特定の党派的影響力から中立性を確保することが必要」。「行政委員会の一つとして、独立した機関を置き、教育行政を担当させることにより、首長への権限の集中を防止し、中立的・専門的な行政運営を担保」とされています。しかしながら鹿本幼稚園の閉園計画に関する教育委員会定例会会議録からは、明らかに区長の影響を受けていると思われる発言が見られます。先の質問⑤でも引用したある委員の発言は、「区長や議会が予算を通さないと進まないから、実態として教育委員会では決定できない」というもので、教育委員会が独立した権限を持つことを尊重せず、区長や議会の権限に影響を受けた判断を行っています。また、同じく平成23年10月14日の教育委員会定例会において、「9月29日から9月30日の区議会本会議の一般質問の答弁の中で、区長は限りある資源や基盤を子どもたちの健やかな成長のためにどのように使うかを考えていくことが私たちの使命であり、鹿本幼稚園の閉園の見直しはしないと言っています。いろいろと今後の手続き上の問題はありますが、今回の陳情については、教育委員会としては不採択ということを提案したい」という発言がありますが、区長答弁の意向に沿った判断をしていると思われます。私たちが鹿本幼稚園閉園の検討経緯について教育委員会に情報公開請求した際にも、開示資料の中に「多田区長の幼稚園教育に関する考え方」というものが含まれており、「教育委員会として区長の意向を受けて検討しています」と受け取れます。これらの事実から、鹿本幼稚園の閉園計画が、中立性・独立性を保って審議されたのかどうか、疑問を持たざるを得ません。
地域住民の意向の反映については、「教育は、地域住民にとって身近で関心の高い行政分野であり、専門家のみが担うのではなく、広く地域住民の意向を踏まえて行われることが必要」とされています。この観点からも、鹿本幼稚園閉園の検討プロセスには問題があると思います。教育委員会に情報公開請求して行政開示された文書「鹿本幼稚園閉園についての検討経過」では、検討者は区の内部者のみに限られ、地域住民へのヒアリングなど意見を求める活動は一切なされていません。公立幼稚園の存続は他の地方自治体でも課題になっていますが、そのプロセスで区民を交えた検討会議を設置したり、意見を募集して審議を行っています。例えば東京都の他区では、区の幼児教育のあり方を示す「幼児教育ビジョン」などをまず区民に示し(確認できているもので14区)、その上で、区立・私立幼稚園関係者とその保護者代表、教育専門家などを交えた「幼児教育のあり方検討会議」等を設置し、パブリックコメントなども含めて広く区民に意見をヒアリングした上で、閉園是非の審議を行っています。新宿区の例では学識経験者として大学学長を座長とし、公募区民も交えて検討会を設置しています。中間まとめについて広く区民に意見を募集し、10ヶ月の期間と11回の議論を重ね最終報告書をまとめています(
http://www.city.shinjuku.lg.jp/kodomo/file04_03_00049.html)。江戸川区では、教育委員会の方針を伝える「説明会」が2回開かれましたが、他区のように様々な立場の人を招集しての「検討会」は設置されず、意見募集の機会もとられていません。これは、教育委員会に求められる「地域住民の意向の反映」をしないまま審議していることとなり、手続きとして問題があると考えます。
鹿本幼稚園の閉園計画は、中立性・独立性については疑問が残り、地域住民の意向の反映についてはなされていないことから、あらためて地域住民も交えた検討会の設置やパブリックコメントで広く区民にヒアリングを行い、その上で区長や議会から中立性・独立性を保った審議を行い判断すべきと考えますが、いかがでしょうか。